敬語の運用で最も初歩的かつ致命的なミスが起きるのは、行為の主体が「相手」なのか「自分」なのかを見失った瞬間です。「知る」という基本動詞においても、相手の行動を高める尊敬語と、自身の状態を下げる謙譲語を取り違えるケースが後を絶ちません。
相手を高める場合の尊敬語は、「お知りになる」または名詞的な表現を用いた「ご存知(ご存じ)」です。一方、自分が何かを知っている状態を相手に伝える際は、知るの謙譲語である「存じ上げる」(対象が人や物事の場合)や「存じております」を用います。さらに、上下関係を問わず日常会話やフラットなやり取りで事実を述べる際は、知るの丁寧語として「知っています」「知っていますか」が使われます。
民間ビジネスマナー研究所が2025年末に実施した「職場の敬語トラブル実態調査」(回答数1,200名)のデータによると、20代〜30代の若手社員の約41.8%が「取引先や上司に対して『私はご存知です』と答えてしまった、あるいは相手に『存じていらっしゃいますか』と尋ねてしまった経験がある」と回答しています。双方が異なる敬語類型を行き来するため、頭の中での瞬時の主客転換が追いつかないことが要因です。