「木皿泉」という名前を耳にして、物静かな女性作家の姿を思い浮かべる読者は少なくありません。しかしその本名と実態は、夫・和泉務(いずみ つとむ)氏と、妻・妻鹿年季子(めが ときこ)氏による共同ペンネームです。ペンネームの由来は、妻の旧姓「妻鹿(めが)」の「皿」と、夫の名字「和泉」の「泉」を組み合わせたもの。生活の拠点であり執筆の場でもあるのは、一貫して兵庫県神戸市です。
二人の歩みは決してエリート街道ではありませんでした。和泉氏は元ギャグ漫画家として活動し、独特のユーモアと構成力を培ってきました。一方の妻鹿氏は会社員などを経て、ラジオドラマの脚本コンクールで頭角を現します。やがて互いの才能を認め合って結婚し、1980年代後半からコンビでの執筆をスタートさせました。
彼らの執筆手法は、一般的な「分担制」とは根本から異なります。「プロットを夫が作り、セリフを妻が書く」といった分業ではなく、リビングのテーブルで徹底的に雑談を重ね、夫が投げた奇抜なアイデアの種を妻が広げ、妻が紡いだセリフを夫が研ぎ澄ますという、完全な「対話型コラボレーション」によって物語を生み出してきました。この特異な共作スタイルこそが、男女双方の視線を含み、日常の些細な機微を立体的に浮かび上がらせる木皿ワールドの母体となっています。