千人風呂を訪れた人が一様に驚くのが、浴槽の「深さ」です。一般的な家庭用浴槽や現代の温泉施設では深さ40〜50cm程度が主流ですが、片倉館や金谷旅館をはじめとする歴史的千人風呂は、深さ約1mから1.1mに設計されています。
大人が腰を下ろすと完全に水没してしまう深さであるため、入浴者は基本的に「立ったまま」あるいは中腰で浸かることになります。この特異な構造には、古来の温泉医学と建築工学に基づいた3つの明確な理由が存在します。
第一に、水圧による全身血流の促進効果です。立った状態で深さ1m前後の湯に入ると、下半身に対して強い静水圧がかかります。これにより、足元に滞留しがちな血液やリンパ液が心臓へと効率的に押し戻され、むくみの解消や全身の循環器系機能の活性化が期待できます。
第二に、底面刺激によるツボ療法です。例えば諏訪の片倉館では、浴槽の底一面に丸みを帯びた玉砂利が敷き詰められています。立った状態で湯の中をゆっくり歩くことで、足裏の反射区に適度な刺激が加わり、温泉の温熱効果との相乗作用で疲労回復を促す仕組みとなっています。
第三に、温泉の鮮度と収容効率の最大化です。酸ヶ湯温泉や金谷旅館のように豊富な自家源泉が浴槽底面や壁面から自噴・直接注湯される構造では、容積を深く取ることで湯の酸化を防ぎ、生まれたてのピュアな泉質を保てます。同時に、限られた浴室面積の中でより多くの入浴客が快適に浸かれるよう工夫された、先人の知恵の結晶です。