滑稽な地名として消費されがちなエロマンガ島ですが、その歩んできた歴史は太平洋諸島の中でも極めて凄絶であり、かつては「殉教者の島(Martyr's Isle)」という重々しい異名で知られていました。
19世紀初頭、島内に自生する香木「白檀(サンダルウッド)」が中国向け貿易で高値取引されるようになると、ヨーロッパの商人たちが大挙して押し寄せました。商人たちは乱伐を進めるだけでなく、島民への略奪や暴力を繰り返し、先住民族との激しい武力衝突を引き起こしました。
さらに1839年、ロンドン宣教会から派遣された著名な宣教師ジョン・ウィリアムズがキリスト教布教のために上陸した際、白檀商人の暴虐に激怒していた島民たちによって、上陸直後に命を奪われる悲劇が発生します。その後も複数の宣教師が命を落とし、西洋世界に大きな衝撃を与えました。
最も深刻だったのは、西洋人が持ち込んだ麻疹や天然痘、インフルエンザなどの感染症です。免疫を持たなかった島民は次々と命を落とし、一時は2万人近くいたとされる人口が1930年代には数百人規模まで激減するという壊滅的打撃を受けました。
しかし2009年、この悲しい歴史に大きな転換点が訪れます。ジョン・ウィリアムズの殉教から170年の節目に、殺害に関わった島民の子孫たちと、イギリスから招かれたウィリアムズの子孫たちがディロンズ・ベイに集まり、伝統的な儀式を通じて歴史的和解を果たしました。現在、島には平和と許しのモニュメントが静かに佇んでいます。