藤井皓哉投手の経歴まとめを紐解く上で、避けて通れないのが広島東洋カープを戦力外となった2020年オフの出来事です。おかやま山陽高校から2014年ドラフト4位で入団した藤井投手は、ファーム時代から150km/hに迫るストレートと鋭い変化球を持ち味としており、関係者の間では将来の勝ちパターン候補として期待されていました。2018年には一軍初勝利と初セーブをマークするなど、ブレイクの兆しを見せていた時期もあります。
しかし、一軍定着の最大の壁となったのが「制球難」でした。当時の取材記録や首脳陣の評価を振り返ると、ストライクゾーンに入れば打たれない一方で、突如としてカウントを悪くし、四死球から自滅する登板が目立っていました。特に一軍での通算与四球率は高止まりしており、首脳陣から「計算が立ちにくいリリーバー」という評価を下されることになります。2020年シーズンは一軍登板機会がなく、ウエスタン・リーグでも防御率4点台後半と目立った数字を残せないまま、24歳の若さで非情の戦力外通告を受けました。
報道各社の取材や当時の特別番組で藤井投手本人が明かした手記によると、通告直後は「もうプロの世界には戻れないのではないか」「これで自分の野球人生は終わったのかもしれない」という深い絶望感に襲われたといいます。同年の12球団合同トライアウトに参加したものの、NPB球団からの支配下オファーはゼロ。野球を続けるべきか一般就職の道へ進むべきか、人生最大の岐路に立たされた藤井投手が選んだのは、四国アイランドリーグplus・高知ファイティングドッグスへの単身挑戦でした。