木村屋の家系図と歴代社長の全貌|創業家一族の真実と2026年最新動向

木村屋の家系図と歴代社長の全貌|創業家一族の真実と2026年最新動向

木村屋の家系図と歴代社長の全貌|創業家一族の真実と2026年最新動向の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。

木村屋の歴史を語る上で欠かせないのが、創業者・木村安兵衛(きむら やすべえ)の異色の経歴です。安兵衛は文化14年(1817年)、常陸国(現在の茨城県)の武士の家系に生まれ、幕末期には幕府関連の役職に就いていました。しかし、1868年の明治維新によって江戸幕府が崩壊。武士としての身分と職を失うという人生最大の転機に見舞われます。

明治2年(1869年)、安兵衛は妻・文(ぶん)とともに上京し、東京・芝の地でパン店「文英堂」を開業しました。当時、日本に滞在していたオランダ人コックからパン作りの手ほどきを受けたことがきっかけでしたが、当初の西洋式パンはイースト菌の扱いや独特の酸味・硬さがあり、米食中心の日本人にはなかなか受け入れられませんでした。さらに火災で店舗を焼失するなど、創業初期は苦難の連続でした。

この危機を救ったのが、安兵衛の次男である木村英三郎(えいざぶろう)です。英三郎は「日本人が本当に美味しいと感じるパンを作りたい」という執念から、西洋のイースト菌ではなく、日本酒を造る際に用いられる「酒種(米と米麹から作る天然酵母)」を使った生地発酵の研究に没頭しました。試行錯誤の末、独特の芳醇な香りとふっくらした柔らかさを持つ酒種生地に、和菓子の定番である小豆餡を包んで焼き上げた「酒種あんぱん」が1874年(明治7年)に完成。銀座に移転し屋号を改めた「木村屋」の店頭で発売されると、たちまち江戸っ子の間で爆発的な人気を博しました。

翌1875年(明治8年)4月4日、旧幕臣で安兵衛と親交のあった山岡鉄舟の仲介により、向島のお花見に際して明治天皇へ桜の花びらの塩漬けをあしらった「桜あんぱん」が献上されました。天皇の口に合い「宮中御用達」となったことで、木村屋の名は日本全国に轟くこととなったのです。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。