熊石の歩みは、北海道の近世史そのものと言っても過言ではありません。熊石町 歴史と経緯を辿ると、江戸時代の松前藩政下において和人の定住が公的に認められていた「和人地」の日本海側北限がこの熊石(相沼内周辺)に置かれていました。これより北は先住民族であるアイヌの人々が暮らす「蝦夷地」とされ、境界を示す番所が設けられていた歴史を持ちます。
江戸中期から明治期にかけて、熊石は日本海を回送する北前船と鰊(にしん)の千石場所として空前の繁栄を極めました。海岸線に立ち並んだ鰊御殿、群来(くき)に湧く海、本州から出稼ぎに訪れた数千人規模のヤチ衆(漁夫)の熱気は、今も町の随所に刻まれています。
その歴史的証拠を今に伝える拠点が熊石歴史記念館です。館内には国指定重要有形民俗文化財である「熊石の泊川内海岸出土遺物」をはじめ、ニシン漁で使用された巨大な漁具、北前船交易によってもたらされた上方文化の上質な工芸品が所狭しと展示されています。単なる過疎の漁村ではなく、かつて北の経済を牽引した海の最前線であった事実を、静かに物語っています。