ジャガー横田の栄光を語るうえで絶対に外せないのが、同世代のライバル・デビル雅美との死闘だ。昭和のプロレス史に燦然と輝く二人の戦いは、一切の妥協を許さないガチンコ精神に満ちあふれていた。流血を恐れず、互いのプライドを賭けて技を叩き込み合う姿に、満員の日本武道館や後楽園ホールは狂喜乱舞した。
さらに1980年代半ば、クラッシュ・ギャルズ(長与千種・ライオネス飛鳥)が社会現象となる大ブームを起こした際も、ジャガー横田は「超えるべき最大の壁」として君臨し続けた。人気絶頂の若い後輩たちに決して主導権を渡さず、圧倒的な技術でリングの厳しさを教え込んだ姿は、プロフェッショナルとしての誇りそのものだった。