月亭方正の生い立ちを振り返ると、常に周囲の空気を敏感に察知し、道化を演じることで居場所を作ってきた原風景が見えてきます。兵庫県西宮市に生まれた彼は、地元の兵庫県立西宮南高等学校を卒業後、自らの表現の場を求めて吉本総合芸能学院(NSC)大阪校へ6期生として入所しました。
当時のNSC同期には木村祐一や千原兄弟(千原せいじ・千原ジュニア)らが名を連ねる黄金期でした。方正は当初、相方の軌保博光(現:喜多川泰)とともに漫才コンビ「GSX(ガンス)」を結成し、上京後に「TEAM-0」と改名して活動を展開します。当時の若手登竜門であった『お笑いABC大賞』で新人賞を獲得するなど順風満帆に見えましたが、相方の引退に伴いピン芸人への転向を余儀なくされました。
ピン芸人となって以降の彼を救い、同時に決定的なパブリックイメージを植え付けたのが、ダウンタウンとの邂逅でした。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』のレギュラーに抜擢されると、理不尽に追い込まれて見せるヘタレなリアクション、絶妙な間合いで入る号泣や逆ギレによって、唯一無二のポジションを獲得します。しかし、この「愛されるダメ人間」としての成功こそが、後に彼を激しいアイデンティティの危機へと追い込むことになります。