夢之助が終生敬愛した師匠・五代目三笑亭夢楽は、「落語は理屈ではなく、聴き手を楽しく心地よくさせるもの」という哲学を持っていました。夢之助はそのイズムを完璧に体現し、寄席の高座では滑稽噺を中心に客席を沸かせました。
自身が師匠となってからは、三笑亭世楽をはじめとする弟子たちを育成。テレビでどれほど多忙を極めても、楽屋での礼儀作法や前座修業の厳しさについては決して妥協しませんでした。「表では軽やかに、裏では泥臭く稽古を積む」というプロフェッショナリズムは、直弟子たちへ脈々と受け継がれています。
家庭人としての夢之助は、家族へのプライベートな配慮を徹底し、芸人の私生活を売り物にしない美学を貫いていました。闘病中も弱音を吐かず、家族の温かい献身に支えられながら穏やかな時間を過ごしたと伝えられています。