ここ数年、SNSやグルメコミュニティで「人形町店が閉まった」「三越前店も浜松町店も姿を消した」といった閉店情報が飛び交い、六文そばのブランド自体が危機に瀕しているかのような誤解が一部で見受けられます。しかし、現場取材と飲食業界の動向を突き詰めると、単なる「人気低迷による衰退」とは全く異なる構造的原因が浮かび上がってきます。
第一の理由は、「店舗ごとの独立採算と店主の高齢化・後継者不在」です。六文そばは中央集権的なフランチャイズチェーンではなく、古くから親戚筋や従業員が暖簾分けを受ける形で広がったボランタリーチェーンに近い形態をとってきました。そのため、創業期から数十年にわたって厨房に立ち続けてきた店主たちが70代〜80代を迎え、体力の限界とともに惜しまれつつ暖簾を下ろすケースが主因となっています。
第二の理由は、「都心部のビル建て替えと都市再開発」です。人形町店や三越前店など、昭和の雑居ビル1階で営業していた店舗は、耐震基準の更新や地区再開発プロジェクトに伴う立ち退きを余儀なくされました。新規テナント料の高騰もあり、あえて移転を選ばずに勇退を決断した歴史的背景があります。
第三の理由は、「イカをはじめとする原材料費・光熱費の急騰」です。看板商品であるゲソ天に使用するスルメイカの価格は、歴史的な不漁と世界的な需要増により高騰を続けています。「ワンコイン前後で腹一杯食べさせたい」という職人たちの矜持と、仕入れ原価の狭間で採算ラインを維持することの難しさも、暖簾を畳む決断を後押しする要因となりました。
一方で、日暮里の「一由そば」や駒込の「一〇そば」のように、六文そばのDNAを色濃く継承した弟子や元スタッフが独自に立ち上げた店舗が大繁盛している事実も見逃せません。六文そばの魂は、直系店舗のみならずスピンオフ店舗へも力強く脈打っています。