多くの名優たちが「引退記者会見」を開いてマイクを置く一方、春川ますみは引退を声高に宣言することなく、グラデーションのように活動を縮小させていきました。関係者の証言や当時の制作現場の状況を照らし合わせると、そこには彼女ならではのプロフェッショナルとしての美学が存在します。
第一の理由は、70代を迎えたことによる体力的な配慮と仕事の厳選です。映画や連続ドラマの撮影は早朝から深夜に及ぶことも多く、特に時代劇や地方ロケを伴う作品は肉体的な負担が極めて重くなります。春川ますみは完璧な芝居を届けることに強い誇りを持っていたため、自身の理想とするパフォーマンスを維持できるうちに一線を退く判断を下したと考えられます。
第二の理由は、昭和のスター女優に共通する「パブリックイメージを損なわないための沈黙」です。ファンが記憶している生き生きとした笑顔や、情に厚い肝っ玉母さん、色気あふれる女性像をそのまま残したいという思いから、老け込んだ姿を無暗に晒さない選択をする名優は少なくありません。この潔いフェードアウトこそが、彼女の役者としての品格を象徴しています。