通州事件は、1937年(昭和12年)7月29日未明、北平(現・北京)の東約20キロに位置する通州で発生した大規模な襲撃事件です。この地には当時、日本の息がかかった傀儡政権である「冀東防共自治政府」の首都が置かれていました。
反乱を起こしたのは、同政府直属の軍事組織である「保安隊」でした。日本軍の指導と訓練を受けていたはずの部隊が突如として蜂起し、通州城内にあった日本軍の守備隊宿舎、特務機関、そして一般の日本人・朝鮮人居留民の住居を相次いで包囲・襲撃したのです。
守備隊の主力が不在であった通州城内は無防備に近く、最終的な死者数は民間人を中心に220名以上(一説には230名超)に達しました。犠牲者の中には女性や子供も多く含まれており、近代日中関係史において極めて凄惨な事件として記録されています。