ネット空間での世論は真っ二つに割れている。新浪微博(Weibo)では、パトロール隊に詰め寄られる高齢者の動画が投稿されるや否や、数万件のコメントが殺到した。「個人の自由をどこまで侵害するのか」「冷房代の補助金を出してから言え」といった激しい反発が渦巻く。
一方、ショート動画プラットフォームの抖音(Douyin)では、隠し撮りされた違反者の姿が拡散され、若い世代を中心に「都市の品格を落とす行為はやめるべきだ」という同調圧力も形成されている。現代の国際報道・デジタルジャーナリズムが注視するのは、単なる服装の是非ではない。デジタル監視社会において、個人の身体規範がどこまで国家権力によって均一化されるかという権力構造の露呈なのだ。