大相撲の黄金期、昭和50年代から60年代にかけて土俵を席巻した北天佑勝彦。均整の取れた筋肉美と精悍なマスク、そして強烈な右四つからの寄り身と豪快な上手投げは、観客の目を釘付けにした。千代の富士ら強豪としのぎを削り、幕内最高優勝を2度達成。引退後は年寄・二十山を襲名して後進の育成に情熱を注いだ。
しかし2006年、病魔によって45歳の若さで急逝。相撲界全体が深い悲しみに包まれるなか、二十山部屋を支えたのは遺された家族だった。父の背中を見て育った二人の娘は、勝負の世界の厳しさと誇りを肌で感じ取りながら、それぞれの才能を開花させていくことになる。