世間では「安岡正篤の妻」という強烈な印象が先行しがちですが、細木数子の結婚歴において法的に有効な配偶者が存在したのは、20代前半の一時期のみです。彼女の生い立ちと経歴を紐解くと、波乱の原点は東京・渋谷の盛り場にありました。
戦後の動乱期、渋谷で飲食店を営む母の背中を見て育った細木氏は、わずか10代半ばから銀座の高級クラブの世界へ身を投じます。類まれな度胸と機転で頭角を現し、20歳そこそこで銀座に自身のクラブ「クイン」をオープン。この銀座の若きママ時代に出会ったのが、彼女の最初の夫でした。
関係者の回想録や当時の週刊誌報道によると、初婚の相手はクラブの常連客だった調理関係の青年実業家(一般男性)とされています。1958年前後、20歳前後の細木氏は周囲の反対を押し切る形で結婚に踏み切りました。しかし、この結婚生活は長くは続きませんでした。店を切り盛りする細木氏の並外れた野心とバイタリティに夫側の生活感覚が追いつかず、わずか数ヶ月から3年足らずで破局。正式に離婚が成立しました。
細木氏は後に、自著や特別番組のインタビューの端々で「あの頃の私は若くて生意気で、男を立てる器量がこれっぽっちもなかった」と自嘲気味に述懐しています。この若き日の挫折が、彼女を経済的・精神的に徹底した「男に頼らない自立心」へと駆り立てる決定的な転換点となりました。