『人間の証明』における最大の衝撃は、被害者であるジョニー・ヘイワードの実の母親が、誰もが羨む上流階級の象徴・八杉恭子その人であったという事実です。ではなぜ、母は海を越えてようやく自分に会いに来た我が子を、自らの手で刺殺しなければならなかったのでしょうか。
その根底には、終戦直後の日本が抱えていた過酷な闇がありました。焼け野原となった東京で、八杉恭子は米軍基地の周辺で生き延びるために体を売る「パンパン」へと身を落としていました。その極限状態のなかで米兵ウィル・ヘイワードとの間に生まれたのがジョニーだったのです。やがて米兵は帰国し、恭子のもとからジョニーを連れ去りました。恭子にとってその時代は、生きるための恥辱にまみれた「決して振り返りたくない過去」そのものでした。
その後、死に物狂いで這い上がり、一流の美容家としての名声、大物政治家の妻という地位、そして新しい息子・恭平を手に入れた八杉恭子。そこへ突然、立派な青年に成長した黒人の息子ジョニーが「Mama!」と無邪気な笑顔で現れたのです。もし混血の息子の存在が公になれば、夫の政治生命は断たれ、新しく築いた家庭も名声も一瞬にして崩壊してしまう――。極度の恐怖と保身に駆られた恭子は、ドライブインの車内で果物ナイフを取り出し、抱きついてきた息子の胸を刺し貫いてしまいました。
映画版のクライマックスでは、さらなる残酷な皮肉が描かれます。恭子が社会的地位を守るために溺愛した息子の恭平は、轢き逃げ事件を起こしてアメリカへ逃亡した末、警察に射殺されてしまいます。守るべきすべての存在を喪失した八杉恭子は、棟居刑事らに追い詰められ、かつてジョニーと訪れた群馬県の霧積の断崖から、谷底へと身を投げて自らの命を絶ちました。自分が「人間であること」を証明するために息子を殺し、結果として人間としての魂を完全に喪失した母の哀しき末路でした。