架空の店である五鉄ですが、作中で描写される五鉄 軍鶏鍋 モデルには明確な実在のルーツが存在します。それが、宝暦十年(1760年)創業、日本橋人形町に暖簾を掲げる鳥料理の最高峰人形町 玉ひでです。
玉ひでの初代・山田鐵右衛門(てつえもん)は、江戸幕府に仕えた御鷹匠(おたかじょう)であり、鳥肌を傷つけずに捌く高度な技術を持っていました。その妻・ヤマが軍鶏のすき焼きを供する店「玉鑓(たまやり)」を興したのが同店の始まりです。池波正太郎は生前、自著のエッセイ『散歩のとき何か食べたくなって』や『食卓の情景』のなかで、玉ひでをはじめとする東京の下町グルメへの深い愛着を幾度となく綴っています。
劇中で描かれる軍鶏なべの描写に注目してください。平蔵や彦十がつ突く鍋には、引き締まった軍鶏の正肉だけでなく、レバー(肝)、砂肝、ハツなどの内臓類、さらに細かく叩いた「つくね」が、濃厚な割り下とともに盛られています。これはまさに、玉ひでが江戸期から現代まで一貫して守り続ける「軍鶏の一羽丸ごとを無駄なく味わい尽くす」江戸前軍鶏鍋の流儀そのものです。
取材関係者の証言や当時の記録によると、池波正太郎は執筆の合間に人形町へ足を運び、軍鶏の脂と濃口醤油が焦げる香りを五感に染み込ませて原稿用紙に向かっていたといいます。五鉄の主人・三次郎が寡黙に鉄鍋を差配し、密偵たちが緊張を解いて熱い肉を頬張るあの情景は、玉ひでの伝統美と池波の偏愛が融合して結実した奇跡の結晶といえます。