絶対王者として君臨する裏で、強さの源泉でもあった閉鎖的な環境が徐々に歪みを生んでいきました。部員全員が共同生活を送る「研志寮」での寮生活には、先輩に対する絶対服従や独自の付き人制度といった厳しい「伝統と掟」が存在していました。
1年生は上級生の身の回りの世話に追われ、精神的・肉体的に極限まで追い込まれるシステムは、団結力を生む一方で、度重なる暴力問題・いじめ不祥事の温床となりました。1997年、2001年、2011年、そして2013年と日本学生野球協会から度重なる対外試合禁止処分を受け、名門のブランドは大きく失墜します。
2013年の暴力事案では監督が辞任し、後任の指導者が定まらない異例の事態に陥りました。野球未経験の校長が監督登録を行うなど現場の混乱は極まり、2014年秋、学校側は「新規部員の募集停止」という衝撃の決断を下します。そして2016年7月、部員12名で挑んだ第98回全国高校野球選手権大阪大会での敗戦をもって、PL学園野球部は60年余りの歴史に幕を下ろし、事実上の廃部となる無期限休部に入りました。