『求めない』が誕生した背景には、加島氏が長年傾倒してきた中国の古代思想、老子の「タオイズム(道教)」があります。
老子の教えの根幹は「無為自然(あるがままに生きる)」です。無理に作為を巡らせず、川の流れのように自然の理に従って生きることを説くこの哲学を、加島氏は徹底的に自らの身体で味わいました。
執筆当時、加島氏はすでに80代半ば。病気を経験し、体力の衰えや自らの老いと直面するなかで、「人間が真に平穏に生きるためには何が必要か」を思索し続けました。かつて英語の難解な文学理論を解読してきた泰斗が、人生の終盤においてすべての装飾を捨て去り、絞り出すようにして書き留めたフレーズが集約されたのが『求めない』だったのです。執筆の真相を知ると、あの短い言葉の背景にある圧倒的な人生の厚みが伝わってきます。