細木氏の波乱に満ちた半生を紐解くと、その人脈の出発点は1950年代から1960年代の東京・銀座に遡ります。若くして銀座の高級クラブ「眉」などを経営し、夜の街で頭角を現した彼女の周囲には、政財界の重鎮だけでなく、数多くの「アウトロー」たちが集っていました。
その中でも特に知られているのが、安藤組の組長として名を馳せ、後に俳優・作家へと転身した安藤昇氏との浅からぬ関係です。細木氏は銀座のママとして裏社会の幹部たちと対等に渡り合い、時に資金繰りや男女の仲裁を引き受けることで、特異な処世術と「裏の交渉力」を磨いていったと伝えられています。
銀座という街は、表の経済と裏の力が交錯する特異な空間でした。彼女はそこで培った度胸と人心掌握術を武器に、後年の芸能界進出への足がかりを固めていきます。しかし、この時期に構築された裏社会との太いパイプこそが、数十年後に彼女自身の首を絞めるブーメランとなったことは皮肉と言わざるを得ません。