教団内で「アーチャリー」のホーリーネームを与えられ、わずか10歳前後で教団トップクラスの序列に置かれていた三女・松本麗華氏。事件後はその知名度ゆえに最も激しい社会的風当たりを受けました。
2004年には複数の大学に合格したものの、「麻原の娘」であることを理由に入学を拒否される事態が発生。入学資格確認を求めて提訴し、最終的に大学側の賠償責任が認められるなどの法廷闘争を経験しました。その後、心理カウンセラーの資格を取得したと公表しています。
2015年には手記『止まった時計』を発表し、実名と顔を出してメディアに登場。「オウム真理教の教義は信じていない」「凶悪事件を肯定することはない」としつつも、裁判当時の父親の精神状態に異議を唱え、再審請求を訴え続けました。現在もYouTubeやX(旧Twitter)等で自身の見解を発信していますが、被害者感情との向き合い方については今なお議論が絶えません。