三千櫻酒造が143年にわたる岐阜県中津川市での歴史にピリオドを打ち、北の大地への移転を決断した背景には、酒蔵の老朽化と地球温暖化という二重の構造的危機がありました。
6代目蔵元杜氏である山田耕司杜氏は、当時の取材や手記において、木造蔵の耐震性の限界と近年の暖冬による酒造りへの深刻な打撃を告白しています。仕込み時期の気温が下がらない暖冬は、発酵温度の精密な制御を阻み、理想とする酒質設計を難しくします。建物を一から建て直すには数億円規模の莫大な設備投資が必要であり、地方の小規模な酒蔵単独での資金調達は極めて高いハードルでした。
この存亡の危機を救ったのが、写真の町として知られ、大雪山連峰の豊かな地下水で暮らす北海道上川郡東川町の熱烈な誘致でした。東川町は上水道がなく、全町民が地下水(大雪山の伏流水)で生活する日本唯一の自治体です。町が約4億円を投じて最新の醸造施設を建設し、三千櫻酒造が指定管理者および賃貸形式で運営を担う「公設民営酒蔵」という、地方創生の歴史を塗り替える画期的なプロジェクトが2020年に結実しました。