新潟県境に近い上信越高原国立公園内に佇む法師温泉長寿館は、一軒宿ならではの静けさと重厚な歴史美を兼ね備えています。宿の敷地に足を踏み入れると、川のせせらぎとともに黒光りする太い梁や柱、手入れの行き届いた板廊下が迎えてくれます。本館、別館、そして法隆館など主要棟が国の登録有形文化財に指定されており、単なる宿泊施設という枠組みを超えた「生きた建築博物館」としての風格を漂わせています。
長寿館のアイデンティティを象徴するのが、明治28年(1895年)に建てられた大浴場「法師乃湯」です。アーチ型の窓から差し込む柔らかな自然光、高い天井を交差する豪壮な木組みは、当時の鹿鳴館スタイルを取り入れた擬洋風建築の傑作と評されます。1980年代前半、上原謙と高峰三枝子が出演した旧国鉄の「フルムーン夫婦グリーンパス」のロケ地ポスターによって社会現象を巻き起こした情景は、半世紀近くを経た現在も変わらぬ姿で守り継がれています。
近年はインバウンドの回復やレトロ建築ブームの波に乗り、20代から40代の若い世代や海外の文化愛好層の来訪も急増しています。しかし、長寿館が守り続けているのは、華美な近代リゾートの利便性ではなく、不便さの中に宿る本質的な情緒です。時計の針を止めたかのような木造空間に身を委ね、湧き立ての湯に浸かる贅沢こそが、多くの現代人を惹きつけてやまない最大の要因です。