この歴史的名曲が誕生した経緯は、音楽クリエイターの間でも伝説として語り継がれています。2002年発売のSMAPのアルバム『SMAP 015/Drink! Smap!』への楽曲提供を依頼された槇原敬之氏は、当初締め切りに追われながら別のポップス楽曲を提出していました。しかし、コンペティションの過程で「もっと別の切り口があるのではないか」と再考を迫られることになります。
当時の特番インタビューや自著・手記で語られた本人の告白によると、締め切りが明朝に迫る中、自宅のリビングで愛犬たちと戯れながら横になっていた瞬間、突然頭の中にメロディと歌詞のフレーズが奔流のように溢れ出したといいます。慌ててデスクに向かい、ペンを走らせると、わずか数十分から1時間足らずの間に全編の歌詞とメロディが完成していました。槇原氏自身が「自分の頭で考えたというより、天から何者かに書かされたような不思議な感覚だった」と述懐するほどの神秘的なインスピレーションでした。
この詞世界の根底には、仏教の重要な経典である『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』に登場する「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光(青い花は青く光り、黄色い花は黄色く光る)」という教えが深く反映されています。他者と自分を比較して優劣を競うのではなく、自らに与えられた性質や命の色彩を精一杯に輝かせることこそが尊いという東洋哲学が、平易で普遍的な日本語へと見事に翻訳された瞬間でした。