安藤氏がインスタントラーメン開発に着手した根源的な動機は、終戦直後の1945年、焼け野原となった大阪・梅田の闇市で目撃した光景にありました。冷たい風が吹きすさぶ中、一杯の温かい中華そばを求めて、粗末な身なりの人々が20〜30メートルもの長蛇の列を作っていたのです。
「人間は食が足りてこそ平和になる(食足世平)」。この強い信念を胸に刻んだ安藤氏は、商品化にあたって以下の5大目標を掲げました。
- 美味しくて飽きがこないこと
- 保存性が高いこと
- 調理が簡単で手間がかからないこと(簡便性)
- 価格が安価であること
- 安全で衛生的に優れていること
研究環境は過酷を極めました。朝5時に起きると、中古の製麺機や巨大な中華鍋、小麦粉、スープ用の鶏ガラを詰め込んだ小屋に籠もり、深夜まで試作を繰り返す日々。睡眠時間は1日数時間に削られ、手作業で麺をこね、スープの配合を変えては試食を重ねました。
最大の難関は「麺を長期保存させ、お湯を注ぐだけで元のコシのある状態に戻す技術」でした。天日干しでは乾燥に時間がかかりすぎて風味が落ち、陰干しではカビが生える。何百回もの失敗を重ね、行き詰まりを感じていたある日、台所で妻・安藤仁子(まさこ)氏が夕食のおかずに揚げていた「天ぷら」の様子に目が留まります。
衣が油の中で激しく泡立ち、水分が弾き出されていく様子を見た瞬間、直感が閃きました。「油の熱で水分を一気に蒸発させれば、麺の中に無数の微細な孔ができる。お湯を注げばその孔から熱湯が染み込み、短時間で元の麺に戻るはずだ」――これが、後に世界的な特許技術となる「瞬間油熱乾燥法」の誕生の瞬間でした。