1980年代初頭、都はるみは歌手人生における大きな転換点を迎えていました。デビュー曲『困るのことヨ』から『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』に至るまで、トレードマークだったのは大地を揺るがすような「唸り節(うなり)」とダイナミックなヴィブラートでした。しかし、1980年発売の『大阪しぐれ』が第22回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞し、大人の情念を静かに歌い上げるスタイルで爆発的な支持を獲得します。
その熱狂のさなか、発売日である1981年4月1日にリリースされたのがシングル『浮草ぐらし』です。制作陣として名を連ねたのは、彼女の育ての親である作曲家・市川昭介と、情景描写の達人である作詞家・吉岡治でした。
音楽プロデューサーや当時のレコード会社制作担当者の証言によると、市川昭介は「はるみの声は叫ばせなくても、囁くだけで聴き手の胸を締め付ける」と確信していたといいます。吉岡治が書き上げた都はるみ 浮草ぐらし 歌詞の世界観は、定めのない浮草のように流れながらも、一途に男を支え寄り添う女性の切ない覚悟。派手な技巧を削ぎ落とし、メロディーの一音一音に人生の哀歓を滲ませる市川の譜面は、都はるみという稀代の歌姫の「引き算の美学」を極限まで引き出すことになりました。