ジョセフ・ドッジが下した方針は極めて徹底的であり、日本経済を「竹馬経済(片足が米国の援助、もう片足が政府の補助金で支えられている不安定な状態)」と切り捨てました。その支柱を断ち切るために講じられたのが、次の2大施策です。
第一に断行されたのが、徹底した緊縮財政である超均衡予算の策定です。一般会計だけでなく特別会計や政府関係機関を含めたすべての財政において、借款や国債発行を完全に禁止し、歳入の範囲内で歳出を賄う「真の黒字予算」を義務付けました。さらに、インフレの元凶とみなされた復興金融金庫の新規融資を全面停止し、価格差補給金(物価安定のための政府補助金)を大幅に削減・廃止しました。
第二の柱が、単一為替レートの設定です。それまでは輸出品目ごとに複数存在していた非効率な為替レートを撤廃し、1949年4月23日、1ドル=360円という単一固定相場を定めました。この為替レートは、日本の国際貿易復帰を強力に後押しし、1971年のスミソニアン協定で変動するまで実に22年以上にわたって日本経済の発展を支える絶対的な基準線となったのです。