大分の秘境・鯛生金山が今注目の訳!東洋一の黄金郷と地底探検の真実

大分の秘境・鯛生金山が今注目の訳!東洋一の黄金郷と地底探検の真実

大分の秘境・鯛生金山が今注目の訳!東洋一の黄金郷と地底探検の真実の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

鯛生金山の歩みは、1898年(明治31年)に地元農民の田口与五郎氏が露頭(金鉱脈)を発見したことから始まりました。その後、イギリス人技師のハンス・ハンターが経営に参画し、最新鋭の西洋式採掘技術と製錬設備を導入したことで、採掘規模は爆発的に拡大。1938年(昭和13年)のピーク時には年間産金額が純金約2.3トン、銀約13トンに達し、名実ともに「東洋一の金山」としてその名を轟かせました。

当時の鯛生は、映画館、病院、学校、商店街が立ち並び、山中に突如現れた人口3,000人超の不夜城として栄華を極めました。しかし、1943年(昭和18年)の金鉱業整備令(軍需優先による金鉱山休山措置)により一時操業停止に追い込まれます。戦後に操業を再開したものの、浅部の優良鉱脈の枯渇、採掘深度の深化に伴うコスト増、さらに1970年代の国際的な金価格の低迷と円切り上げの影響が直撃し、1972年(昭和47年)についに閉山の決断が下されました。約74年間にわたる採掘で生み出された金は累計約42トン、銀は約160トンにのぼり、日本の近現代経済を支え抜いた歴史的役割に幕を下ろしたのです。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

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