伊吹文明の現在と引退の真相|政界の重鎮が残した名言と後継の行方

伊吹文明の現在と引退の真相|政界の重鎮が残した名言と後継の行方

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伊吹氏の政治家としての歩みは、日本の戦後政治史そのものと言っても過言ではありません。京都大学経済学部を卒業後、1960年に大蔵省(現・財務省)へ入省。主計局主計官補佐やロンドン駐在財務官などを歴任し、渡辺美智雄蔵相の秘書官を務めた後に政界へ身を投じました。

この大蔵官僚としての出自が、伊吹氏の政策立案力と数字に対する冷徹な視眼を形成しました。初入閣となった労働大臣を皮切りに、国家基本問題に直結する要職を歴任していきます。

役職・時期政策実績・主要データ当時の政治的背景・通例編集部の見解・歴史的意義文部科学大臣
(2006年〜2007年)教育基本法の約60年ぶりとなる全面改正を主導。愛国心や道徳教育の重要性を法文に明記。戦後教育体制のタブー視されていた領域であり、野党や教育現場からの激しい反発に直面。第1次安倍内閣の看板政策を理論的に支え、戦後レジームからの脱却を具体化した中核。自民党幹事長
(2007年〜2008年)参院選惨敗後の福田康夫総裁下で党運営を統括。派閥「志帥会」会長として重責を担う。「ねじれ国会」の極限状態にあり、民主党との政策協議や党内不満の抑制に追われた時期。財務官僚出身の堅実な調整力で政権崩壊の危機を乗り切り、党内統率の要として機能。第74代衆議院議長
(2012年〜2014年)自公政権奪還直後に就任。与野党問わず不規則発言や議事進行の乱れを厳罰的かつ公平に指弾。圧倒的多数派となった与党の強行採決傾向や、議場マナーの弛緩が懸念されていた国会情勢。「言論の府」の威厳を取り戻した名議長として与野党双方が認める歴代屈指の議事采配。

特に派閥「志帥会」においては、亀井静香氏の離党に伴い会長に就任。いわゆる「伊吹派」として派閥の結束を固め、後に二階俊博氏へと禅譲するまでの期間、党内きっての保守本流・政策集団としての規律を保ち続けました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。