若き日の彼が選んだ次の一手は、過酷な海外武者修行だった。向かったのは、世界最高峰の舞台であるパリ・コレクション。コネもなければ、潤沢な資金もない。自らブック(作品集)を抱え、地下鉄を乗り継ぎ、街中のオーディション会場を片っ端から突撃する日々が始まった。
現地の壁はあまりにも高かった。言葉の壁、アジア人モデルに対する厳しい現実、そして過密日程による極度の疲労。現地では公園のベンチで夜を明かしたこともあるというほどの極限状態だ。ランウェイを歩く数十秒のために、世界中から集まった何百人もの猛者がしのぎを削る。華やかな照明の裏にあったのは、胃が痛むような拒絶と孤立感だった。しかし、このパリでの挫折と直面した飢餓感こそが、彼の中に「自己を表現する力」を狂おしいほどに欲させ、俳優への転身を決意させる決定的なトリガーとなった。