羽生結弦というアスリートを語る上で避けて通れないのが、徹底されたセルフプロデュース力である。氷上に立つ瞬間の眼光、インタビューで紡がれるドラマチックな言葉選び、試合や演技直前に見せる独特の集中ルーティン。ファンにとっては「唯一無二の世界観」として崇められる要素だが、批判層からは「ナルシシズムが過剰」「ポーズが芝居がかって見える」と捉えられることがある。
スポーツ選手に対して「愚直さ」や「素朴さ」を求める日本の伝統的なスポーツ観において、彼の洗練された自己表現はある種の異物感を放つ。自分の感情や世界観を隠すことなく全開にする姿勢が、見る側によっては「あざとさ」や「計算高さ」として映ってしまうのだ。この感受性の乖離が、アンチ層を生み出す最初の摩擦点となっている。