「府内」という名は、現在の大分市中心部にあたる旧府内藩・大分城城下町に由来する。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、アーケード街や路地裏の屋台で親しまれ始めた粉もの文化が、その直接のルーツだ。お好み焼きやたこ焼きとは一線を画すオリジナリティは、鉄板ではなく「大判焼きの銅板型」を使って焼き上げる点にある。
当時の職人たちが「手を汚さず、歩きながら手軽に食べられるガッツリとしたものを」と考え出した知恵の結晶。片手で持てるコンパクトな円柱形の中に、お好み焼き並みの具材と贅沢な出汁を凝縮させたスタイルは、当時の若者たちの心を見事に打ち抜いた。時代とともに店舗の廃業などで一時「幻の味」と囁かれた時期もあったが、地元愛あふれる有志の手によって見事に現代へ継承されている。