大阪の街で「大西賢示」という名で生を受けた彼女は、幼い頃からテレビの向こう側で輝く女性アイドルたちに強い憧れを抱いていた。部屋の片隅で松田聖子や中森明菜の曲を口ずさみ、鏡の前で振りを真似る時間が、息苦しさを忘れられる唯一の救いだったという。
昭和から平成へと移り変わる時代背景のなか、自身の性別に対する違和感と向き合う日常は、決して平坦なものではなかった。それでも歌うこと、演じることへの情熱だけは手放さなかった。10代の頃からステージへの強い思いを胸に抱き、少しずつ自らのアイデンティティを形成していった経験が、のちのタレントとしての揺るぎない芯を作ることになる。