押切もえがファッション界に足を踏み入れたのは、1990年代半ば、日本のストリートユースカルチャーが空前の熱狂に包まれていた高校時代でした。当時の渋谷は、安室奈美恵のブレイクを契機にコギャルブームが爆発的に拡大していた現場です。黒光りするほどの日焼け肌、脱色を繰り返したハイトーンの金髪、アルバローザの派手なワンピース、厚底ブーツ、そして目の周りを白く塗る独特のハイライトと白リップ。その過激ともいえるストリートファッションのド真ん中に、女子高生だった彼女は身を投じていました。
渋谷でのスカウトをきっかけに、1995年に創刊されたばかりの伝説的ギャルカルチャー誌『egg』の読者モデルとして登場すると、抜群のプロポーションと人を惹きつける存在感で瞬く間に誌面の常連となります。当時の読者モデルは、現代のインフルエンサーとは比較にならないほど閉じたストリートの生々しいアイコンでした。その後、ティーン向けファッション誌『Popteen』に活動の場を移すと、彼女の人気は決定的となります。「もえちゃん」の愛称で同世代の女子中高生から絶大な支持を集め、渋谷センター街を歩けば黒山の人だかりができるほどのカリスマへと上り詰めたのです。
現在ネット上で「昔の画像が衝撃的」と拡散される写真の多くは、この高校生からハタチ前後に撮影されたものです。日焼けサロンに週数回通い詰めて肌を焼き、日焼け止めではなくサンオイルを塗っていた時代のビジュアルは、現在の清楚でエレガントなイメージからは想像もつかないほどのエネルギーと野生味に溢れています。しかし、彼女の原点であるこの時代こそが、何千人ものライバルの中で「どう自分を魅せるか」を徹底的に叩き込まれた修行の場でした。