2人の出会いは、互いが華々しいデビューを飾った2001年にまで遡ります。松浦亜弥は同年4月に「ドッキドキ! LOVEメール」で歌手デビューし、瞬く間に社会現象を巻き起こすスーパーアイドルへ。橘慶太も同年3月にw-inds.のボーカルとしてデビューし、卓越したハイトーンボイスでアジア全域を席巻しました。
同世代のトップランナーとして音楽番組で共演を重ねる中で自然と意気投合し、ほどなくして交際へと発展。2005年には週刊誌「FRIDAY」によって橘慶太の自宅マンションへ通う松浦亜弥の姿がスクープされ、芸能界に激震が走りました。当時のアイドルシーンにおいて熱愛報道は致命傷になりかねないタブーでしたが、2人はファンに対して不誠実な嘘をつくことも、短絡的に別れを選ぶこともありませんでした。
婚姻届を提出した際、松浦亜弥がマスコミ各社に送った結婚発表公式コメントは、芸能史に残る名文として語り継がれています。
「今年の冬で12年の付き合いになりますが、私の青春には、すべて彼がいます。悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しいこと全部です」
この率直で気品に満ちた言葉の裏には、過酷な闘病生活がありました。松浦亜弥は2011年、数年前から子宮内膜症を患っていたことを公表し、芸能活動をセーブしていました。肉体的にも精神的にも追い詰められる日々の中、多忙を極める橘慶太が影となり日向となって彼女の心身を支え続けました。10代の多感な時期から成功と重圧、そして病の苦しみを分かち合ってきた2人だからこそ、12年という月日を経て辿り着いた婚姻は必然の帰結だったのです。