阿部竹代さんという一人の女性の存在がなければ、藤圭子のあの魂を削るような歌声は生まれず、ひいては宇多田ヒカルという不世出の才能の誕生にも異なる影響があったかもしれません。
竹代さんが弾く三味線の張り詰めた一音一音は、東北の厳しい風土と人間の哀歓をすべて吸い取ったものでした。その音色を子守唄代わりに育った藤圭子だからこそ、単なる歌唱技術を超えた「聴く者の魂を揺さぶる歌」を歌うことができました。日本の芸能史において、阿部竹代さんは昭和の底辺から光を放った真の表現者として、今なお静かな光を放ち続けています。