多くの人が思い浮かべる「無条件で庶民を斬殺できた」というイメージは、武士の特権に対する代表的な誤解です。江戸幕府の身分制度において、武士は支配階級として苗字帯刀の権利を有していましたが、だからといって町人や農民の命を自由に奪う権限が与えられていたわけではありません。
江戸幕府が何よりも重視したのは社会の秩序維持です。もし武士が気まぐれに町人を斬り殺すことが許されていれば、治安や経済活動は容易に崩壊してしまいます。幕府が認めていたのは「武士としての身分や名誉を著しく傷つけられた際に、その名誉を守るための緊急避難的な自力救済」に限られていました。つまり、無礼討ちは特権というよりも、武士の誇りを保つための極めて限定的な免責規定に過ぎなかったのです。