実際のキャンパスや研究室の空気感はどのようなものなのか。学術関係者への取材や学内フォーラム、卒業生たちの証言を集積すると、共通して浮かび上がるのが「それっておもろいんか?」という強烈な評価基準です。
民間企業や現代の競争的資金獲得においては、「どれだけ社会の役に立つか」「市場規模は何兆円か」という費用対効果(ROI)が厳しく問われます。しかし、京大の研究現場で最も蔑まれるのは「役に立ちそうだが、誰でも思いつく手堅い研究」です。たとえ現時点で何の役に立つか分からなくても、現象として誰も見たことがない、発想が規格外であるテーマに対して、周囲は敬意を払います。
ネット上の研究者コミュニティや学内関係者のリアルな声でも、次のような指摘が相次いでいます。
- 「指導教官から『そんな手堅いテーマで博論を書く気か?お前は何のために研究者になったんだ』と突き放された」(理学研究科修了・現大学講師)
- 「就職や学会でのウケを気にしていると、先輩から『賢いけど、ちっともおもろくないな』と笑われる。あの洗礼によって、縮こまっていた思考の枠が外れた」(工学部出身・素材メーカー研究開発)
この「おもろさ至上主義」こそが、周囲が諦めた窒化ガリウムに執念を燃やし続けた赤﨑勇博士や、挫折の中で誰も顧みなかった休眠遺伝子PD-1の機能解明に泥臭く挑んだ本庶佑博士の狂気じみた粘り強さを支えたのです。