二人の出会いは1980年頃、雑誌のグラビア撮影現場に遡ります。当時、清楚な知性派女優として絶大な支持を集めていた竹下景子は20代後半、すでに世界各地の過酷な辺境地や著名人のポートレートを手がけ、新進気鋭の写真家として名を馳せていた関口照生氏は40代前半でした。レンズ越しに対峙した瞬間から、表現者としての鋭敏な感性が共鳴し合ったと当時の関係者は証言しています。
交際が公に報じられることはほとんどなく、1984年4月に発表された電撃結婚は日本中に激震を走らせました。当時、竹下景子は30歳、関口氏は45歳。現代でこそ珍しくない15歳という年齢差ですが、昭和末期の芸能界においては極めて異例の「年の差婚」としてワイドショーを独占しました。「清純派トップ女優が選んだのは、自由闊達なクリエイターだった」という構図は、世間の固定観念を痛快に打ち破る出来事でした。
結婚会見の場で見せた竹下景子の凛とした表情と、関口氏の落ち着いた佇まいは、単なる恋愛感情を超えた深い相互敬愛を感じさせるものでした。夫の過酷な海外取材を尊重し、自身も女優業の第一線を退かないというスタンスは、当時としては極めて先駆的な「共働き夫婦のモデルケース」として、共感を呼ぶ契機となったのです。