過蓋咬合を「見た目が気にならないから」と放置することには、口腔環境全体を崩壊させかねない致命的なリスクが伴います。最大の盲点は、深すぎる噛み合わせが下顎の自由な運動を物理的にロックしてしまう点にあります。
食事や会話の際、下顎は前後左右にスムーズにスライド運動を行う必要があります。しかし、上の前歯がフタのように覆いかぶさっていると、下顎は奥へと無理やり押し込められたポジションを強いられます。この状態が日常化すると、耳の手前にある顎関節のクッション(関節円板)が前方にズレ、顎関節症(開口障害・関節雑音・慢性頭痛)を発症する確率が跳ね上がります。
さらに深刻なのが、外傷性咬合(インピンジメント)と呼ばれる現象です。噛み締めるたびに下の前歯の先端が、上顎前歯の裏側にある歯肉(口蓋粘膜)を絶え間なく突き刺し、慢性的な歯肉炎や歯槽骨の吸収を引き起こします。放置すれば、歯周病菌が存在しなくても健康な骨が溶け、前歯がグラグラと動揺し始める事態に陥ります。
加えて、加齢に伴うエイジングサインの悪化も見逃せません。咬合高径(噛み合わせたときの顔の高さ)が低いため、30代以降に口周りの皮膚が余りやすくなり、深いマリオネットラインやほうれい線が同年代よりも早く刻まれます。「童顔」をもたらしていたはずの骨格的特徴が、皮肉にも中年期以降には「急速な老け見え」を引き起こす最大の要因へと変化します。