本宮の南西側に位置する「別宮八剣宮(べつぐうやつるぎのみや)」は、熱田神宮を巡る上で決して見落としてはならない重層的な社だ。元明天皇の御代、和銅元年(708年)に創祀され、本宮と全く同一の社殿構造を持ち、本宮と同一の神饌・祭祀が斎行される別格の存在である。
八剣宮の参拝作法も本宮と同様に「二礼二拍手一礼」だが、ここを訪れる多くの歴史通が意識するのは、この宮が帯びてきた「勝負運・決断力」の歴史的系譜だ。戦国時代の1560年、織田信長は桶狭間の戦いへ出陣する直前、熱田神宮の本宮とともにこの八剣宮に戦勝を祈願し、劇的な勝利を収めた。その御礼として奉納されたのが、今も境内に残る「信長塀(のぶながべい)」である。その後も徳川家康をはじめとする歴代の名将たちが、天下分け目の戦いや治世の安寧を祈って八剣宮の造替や修復を行ってきた。
八剣宮および熱田神宮全体が放つ「草薙神剣のご利益」の本質は、単なる棚ぼた式の幸運ではない。草薙神剣はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した際にその尾から現れたとされる霊剣であり、邪悪や迷妄を断ち切り、混迷を切り拓く「破邪顕正(はじゃけんせい)」の力が宿るとされる。優柔不断さを脱したい時や、困難なビジネスの局面を突破したい時にこそ、八剣宮の前で背筋を正し、覚悟を込めた祈りを捧げるのがふさわしい。