2026年、冬季五輪は20年ぶりにイタリアの地へと戻ってきた。ミラノ・コルティナダンペッツォ大会である。同じイタリア開催でありながら、2006年トリノ五輪と2026年大会の間には、オリンピックの在り方そのものを巡る劇的なパラダイムシフトが存在する。
2006年トリノ大会は、工業都市トリノの中心部に大型施設(オーバル・リンゴットやパラベラ)を整備し、山岳地域(セストリエーレやチェザーナ)に選手村やコースを新設する「都市+クラスター集約型」を採用した。しかし大会終了後、ボブスレーコースの放置や多額の維持費が財政の重荷となり、五輪施設のレガシー問題として世界的な批判を浴びた。
その反省に立ち、国際オリンピック委員会(IOC)の「アジェンダ2020」に沿って設計されたのが2026年ミラノ大会だ。新設施設を極力排除し、経済都市ミラノの既存アリーナと、ドロミテ山塊に位置する伝統のリゾート地コルティナダンペッツォ、さらにはヴァル・ディ・フィエンメなど広大な北イタリア全域に競技会場を分散配置。既存インフラを最大限に使い回す「超広域分散型」へと完全に舵を切った。
同時に、日本代表選手団のサポート体制も隔世の感がある。2006年当時は手薄だったマルチサポートハウス(現地での日本食提供やコンディショニング施設)や専任のメンタルヘルス支援チームが常駐。トリノで味わった苦杯を科学的アプローチへと昇華させた日本勢は、いまや世界の頂点を争う総合力を確立している。