女性の絶望的な境遇に心を揺さぶられ、無償で弁護を引き受けたのが地元宇都宮の弁護士・大貫大策だった。大貫は単なる情状酌量にとどまらず、根本にある刑法200条の違憲性を正面から主張する方針をとった。「親が子を玩具にし、人間性を奪い尽くした末の悲劇に対して、なお尊属の権威を盾に極刑を迫るのか」と、法廷で涙ながらに訴え続けた。
一審判決は懲役3年6月の実刑、二審の東京高裁では尊属殺を適用して懲役3年を言い渡すなど司法の壁は厚かった。しかし大貫は諦めず上告。そして1973年4月4日、最高裁判所大法廷は歴史的な判断を下す。裁判官14対1の圧倒的多数で「刑法200条は日本国憲法第14条に違反し無効」とする尊属殺重罰規定違憲判決を言い渡した。最高裁が法律を違憲と判断した日本憲政史上初の判決であり、女性には懲役2年6月・執行猶予3年の判決が確定した。