細木数子さんと島倉千代子さんの関係における最大の謎は、細木数子による借金肩代わりの真相と、その後に生じた泥沼の絶縁理由にあります。美談として語られることもあるこの騒動ですが、内実を紐解くと、極めてシビアな興行ビジネスと債権回収の現実が浮かび上がってきます。
1970年代後半、島倉千代子さんは知人の事業失敗や裏切りにより、当時としては天文学的な負債を背負わされました。債権者が連日のように自宅へ押し寄せ、精神的にも追い詰められていた島倉さんの前に「救世主」として現れたのが、当時銀座で高級クラブを経営し、政財界や芸能界の裏舞台に通じていた細木数子さんでした。
細木さんは島倉さんの後見人を買って出ました。しかし、世間で誤解されがちな「細木数子が自腹を切って借金を全額キャッシュで支払った」という言説は事実ではありません。細木さんが行ったのは、暴力団関係者や高利貸しを含む複雑な債権者たちの間に入り、手形の額面を大幅に買い叩く債権整理交渉と、島倉千代子という国民的スターの独占興行権を握ることでした。
細木さんは債権者に対し「彼女を破滅させても一銭も戻らない。私が責任を持って歌わせて返済させる」と説得し、島倉さんをマネジメント下に置きました。しかし、この関係は程なくして「救済者と被救済者」から「支配者と服従者」へと変貌していきます。島倉さんは生活費を細木サイドから小遣い程度に制限され、地方のキャバレーや過酷な地方営業に駆り出される日々を強いられました。やがて島倉さんは「このままでは一生、歌う人形のまま搾取され続ける」という恐怖と不信感を募らせ、1980年前後に周囲の音楽関係者の協力を得て、強引に契約を解除。これが二人の決定的な絶縁劇の真相でした。