1970年代末、渡辺貞フュージョンが社会現象となり、資生堂のCMに自身が出演して軽やかにサックスを吹いていた当時、一部の硬派なモダンジャズ原理主義者たちから「ナベサダは商業主義に魂を売った」「ジャズを捨てて軽いポップスに走った」という手厳しい批判が浴びせられた歴史があります。
しかし、これは極めて表層的な見方にすぎません。
『カリフォルニア・シャワー』や『モーニング・アイランド』のリードシートを丹念にアナライズすると、コード進行やテンション・ノートの配置にはバークリー仕込みの高度なジャズ理論が張り巡らされていることが明白です。単にメロディがキャッチーで口ずさみやすいだけであり、その土台にはパーカー譲りの精密なビバップ・イディオムが完璧に息づいています。
さらに重要なのは、フュージョンブームの最中であっても、彼はアコースティック・ジャズの演奏を一切捨てていなかった点です。事実、1980年代後半から1990年代にかけては、アメリカの第一線で活躍する若手・中堅バッパーたちを従えて純粋なビバップ・アルバムを次々に録音し、批判者たちを完全に黙らせました。
「分かりやすく美しいメロディを吹くこと」と「高度なジャズの語法を極めること」は対立しない――渡辺貞夫が自らのキャリアを賭けて証明したこの事実こそが、世界中の音楽家から敬意を集め続ける真の理由です。