大内宿の蕎麦屋に入ると、お盆の上には蕎麦と一本の立派な曲がり長ネギだけが載せられて運ばれてきます。一見すると奇をてらった現代のSNS向けメニューのように思われがちですが、その根底には会津地方に根付く伝統的な食文化と、宿場町を蘇らせた料理人の知恵が息づいています。
このユニークな提供スタイルを最初に生み出したのは、大内宿内にある茅葺き屋根の名店「元祖 三澤屋」です。昭和後期、大内宿が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、観光地として再出発を切る中で、「この土地ならではの記憶に残る郷土の味を提供したい」という強い想いから誕生しました。
会津地方には古くから、婚礼などの祝いの席で「ネギのように真っ直ぐ、白髪が生えるまで長く生きるように」「子孫が繁栄するように」とネギを供える風習がありました。さらに、薬味としてネギを刻んで出すのではなく、丸ごと一本添えて「自分でかじりながら蕎麦を味わう」という豪快なスタイルを考案したところ、観光客の間で爆発的な話題を呼び、大内宿全体の看板グルメへと広がっていった経緯があります。
歴史的な背景を紐解くと、この蕎麦のベースは「高遠(たかとう)そば」と呼ばれる伝統料理です。江戸時代初期、信州高遠藩(現在の長野県)で育った保科正之公が会津藩主として着任した際、信州から蕎麦職人を帯同させたことで会津に蕎麦文化が定着しました。当時の高遠そばは、辛味大根のおろし汁に焼き味噌や醤油を合わせたつゆで食べるのが主流でした。大内宿のねぎそばは、この伝統的な大根おろしのつゆに長ネギをまるごと一本組み合わせることで、唯一無二の進化を遂げたのです。
なお、「箸がついてこないなら自分には無理かもしれない」と不安に感じる方も少なくありません。現場の全店舗において割り箸の用意は常備されており、店員に声をかければ快く提供されます。無理にネギだけで食べ切る必要はまったくありません。