近代史における最大のトリビアとして知られるのが、「大正15年と昭和元年の切り替わり」です。
現在適用されている元号法(昭和54年制定)では、平成から令和への代替わりのように「天皇崩御または退位の翌日」から新元号が施行されます。しかし、大日本帝国憲法下における旧皇室典範および登極令(とうきょくれい)では、「天皇崩御の当日に即日改元する」というルールが敷かれていました。
大正天皇が崩御されたのは1926年12月25日未明です。この瞬間に直ちに昭和改元の詔書が発布されたため、1926年12月25日は「大正15年12月25日」であると同時に「昭和元年12月25日」となりました。
その結果、何が起きたのか。大正15年は1月1日から12月25日まで存在し、昭和元年は12月25日から12月31日までのわずか7日間しか存在しなかったのです。同じ1926年という西暦の中に2つの元号が同居し、昭和元年は1週間の超短命で幕を閉じ、年が明けた1927年1月1日からは即座に「昭和2年」となりました。