現在、江戸時代の情緒と製法をそのまま今に伝える唯一の元祖店として知られるのが、文化元年(1804年)創業の老舗「石部屋(せきべや)」です。静岡市葵区、安倍川にかかる安倍川橋の東詰に店を構え、200年以上の歳月を経た現在も当時の佇まいを漂わせています。
暖簾をくぐると、店内中央の作業場で職人がリズミカルに餅をちぎる光景が目に飛び込んできます。作り置きは一切せず、注文が入るたびに羽釜の熱湯から引き上げた熱々の餅を手際よく成形。片手できな粉をまぶし、もう片方の手で漉し餡を滑らかに巻きつける職人技は、まさに伝統芸能の域に達しています。
イートインで提供される看板メニューは、伝統の「きな粉と餡」の盛り合わせに加え、通の間で高い人気を誇る「からみ餅」です。甘いきな粉ではなく、静岡特産のすりおろし生わさびと醤油で味わうからみ餅は、餅本来の米の甘みとツンと抜ける辛味が際立ち、辛党をも唸らせる逸品として知られています。
かつて安倍川の渡し場周辺には数十軒もの茶屋が軒を連ねて賑わっていましたが、明治の架橋や鉄道開通、度重なる河川改修に伴い、現在昔ながらの手作りにこだわる店舗は石部屋などごくわずかとなりました。しかし、その希少性ゆえに「本物の味を求めて全国から巡礼者が絶えない名所」として、東海道名物安倍川茶屋の歴史的灯火を静かに灯し続けています。