作者不詳とされる『竹取物語』ですが、作中に登場する「帝」には実在のモデルが存在するという説が古代文学研究者の間で長年議論されてきました。有力な仮説として挙げられるのは主に以下の3つの天皇像です。
第一に文武天皇(もんむてんのう)説です。作中に登場する5人の求婚者は、壬申の乱(672年)で功績を挙げた実在の藤原不比等(車持皇子のモデル)、阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂らと名前や官職が酷似しています。彼らが政界のトップに君臨していた時代の天皇こそが文武天皇であり、政治的リアリズムの観点から最も有力視されています。
第二に桓武天皇(かんむてんのう)説です。西暦800年(延暦19年)に発生した「富士山の大噴火(延暦噴火)」は平安初期の朝廷に巨大な衝撃を与えました。物語の結末で「富士山から常に煙が立ち昇っている」という描写は、この延暦噴火の生々しい記憶を文学的に美化・物語化したのではないかと考えられています。
第三に嵯峨天皇(さがてんのう)説です。平安初期の文化サロンを形成した嵯峨天皇の時代は、漢詩文や和歌の知的なやり取りが宮廷文化の粋とされていました。力による支配ではなく、風流な和歌の文通によって女性と高次元の結びつきを求めた帝の姿は、嵯峨朝の洗練された文芸精神を反映しているとも指摘されています。